検索

Engaged Buddhism

Engaged Buddhism。 “社会参画する仏教”、仏教に基づく社会づくりとして、ティク・ナット・ハンが提唱した運動、だそうです。 先日、神戸・元町に新しくできた「スペースわに」で、そのオープニングに合わせて開催された「タイの活動家、プラチャーさんのお話&瞑想会」に参加してきました。 プラチャーさんは、社会参画する仏教の一環として、社会活動と瞑想を合わせたユニークな教育プログラムを展開している方。そぎおとされた言葉とおだやかな微笑み、力強さとやわらかさを同時に感じさせるお人柄でした。http://nunyoga.seesaa.net/article/434503473.html ☆ 会場となった「スペースわに」は、人々が、いのちが、輪になる、和になる場所、という想いをこめてつくられた場所。 人と人をつなぎ、人と自然をつなぎ、街と森をつなぐ、健康、食、教育、環境などホリスティックな学びの場であり、コミュニティ型のヨガスタジオ。すでにたくさんの人の想いが集まり、動きが始まっています。 https://www.facebook.com/spacewani/?fref=ts いうなれば、社会参画するヨガ、なのです。 主催者である 榊原 慶祐 ぬんさんらしい素敵な場。 ☆ この「スペースわに」で、わたしも新たに陰陽ヨガのクラスをさせてもらうことになりました。 陰陽ヨガなんて言い方は、ヨガマニアしか知らないかもしれないのですが(笑)、短い時間で動と静の動きを体験するホリスティックなもので、メリハリ好きなわたしにはぴったり(笑)。 ☆ こちらのクラス開催に合わせて、ウエ

4月の深聴夜のお知らせ

言葉を紡いでも、伝わらない。 同じ言葉を使っているようでいて、伝えたいことが届かない。 自分に正直に伝えたつもりが、相手を傷つける。 自分の世界観のなかで相手の言葉をとらえ、 言葉にとらわれて、本当のことがみえない。 ここでは、いったん言葉の世界を離れ、 身体の反応と、その素を追っていくボディワークによって 言葉の背後にあるもの、身体のなかにある智慧に近づくことを試みます。 自分の声を聴き、相手の声を聴く。 お互いを、深く聴くためのプラクティスです。 ボディワークになじみのない方も、お気軽にどうぞ。 少しずつ身体に親しんでいきましょう。 あまりやったことがないことをやるのも、たまにはよいかと。 自分の実感に触れるだけで、少しほっとすることもあるようです。 https://www.facebook.com/events/972604609491220/ 日 時:4月27日(水)19時分~22時00分   (18時45分開場、開始までに着替えをすませてください) 会 場:コミュニティファシリテーション研究所(阪急線神崎川駅徒歩5分) 大阪実験室(お申込された方に直接お知らせします) 定 員:7名 対 象:心と身体のつながりを大切にしながら、自分や相手と向き合いたい方(Yogaやコミュニティファシリテーションの講座が初めての方も歓迎です) 参加費:1,500円からのスライディングスケール     (お気持ちに沿う額をお渡しください) 申 込:こちらのサイトからお申し込みください。 http://comfaci.com/mail/apply/ 持ち物等:動きやすい服装(着替え)、水、

「アフリカのいのち」と「あるヨギの自叙伝」

「一人の老人が死ぬということは、 一つの図書館が焼けてなくなってしまうのと同じことだ。」 Quand un vieillard meurt, c'est une bibliothèque qui brule. どこかで聞いたことがあるでしょうか。 もはや誰が言ったか知らないままに、折りにふれて引き出されるこの言葉は、1960年のユネスコ会議で西アフリカ・マリ共和国の賢人、アマドゥ・ハンパテ・バー(Amadou Hampate Ba)が言ったものでした。 古来、口承で伝える豊かな文化を持つアフリカ諸国。 その無文字文化を保護するために尽力した賢人、アマドゥ・ハンパテ・バーの自叙伝『アフリカのいのち』は、読み終わるのが惜しいほどワクワクする本でした(“Amkoullel L'enfant Peul" )。 生まれた由縁である祖先の歴史から少年の冒険物語へ、ストーリーテリングの見事さに興奮しながら、この奇想天外とも思われる物語、西アフリカの偉大な賢人たちの教えを受けながら少年が成長していく物語が、いつまでも終わらないでほしいと願いながら読んだことを覚えています。 2005年頃の放送大学のフランス語講座では、この500ページに渡る自叙伝のエッセンスともいえる、アフリカの学びのことをとりあげていて、そこでわたしはこの本に出会ったのでした。 そのエッセンス。 西アフリカ・マリの伝統的な学びとは、縦割りの教科を教えるものではなく、歴史や、文学や科学、様々な学問を横断的に、そのときの学ぶ者の興味に応じて、自由に教えられるもの。 そこには吟遊詩人や音楽家がいて、静かにギターを鳴らしたり、

© 2016 Rie Ishikawa