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冬至の日に死を想う

不思議なもので、今年は、ふとしたときに身近な人の「死」にまつわるお話を読んだり、聴いたりすることが多かった。 ある歌い手の方が、お父様を看取ったときに、ずっと歌を歌ってあげていたこと。 井上ウィマラさんが、お父様を見送ったときに、やはりみんなで歌を歌ったり、口の中をきれいに拭いてあげたりしたこと。 そうした姿を見聞きしていたことは、わたしに少しずつ影響を与えていたと思う。 橋本久仁彦さん(くにちゃん)の開催するミニカン(ミニカウンセリング)に参加したとき 「人が、死ぬ時に持っていけるものがあるとしたら、それは、人との関係性なのだ」 と、くにちゃんは言っていた。 そして「人は、誰かのなかに死んでゆく」とも。 死にゆくとき、誰かがそばにいてくれて、その人のなかに死んでゆけると思えたら、その人はどんなに安心して逝けるだろう、と思った。 もちろん、ひとりでひっそりと最期を迎えたいという人もいるかもしれないし、愛する人の腕に抱かれて死にたいと思う人もいるだろうし、ひとくくりにはできないけれど。 7月に、父が入院したという報せを受けて、千葉に帰ったときには、すでに延命治療をどうするか、という段階になっていた。5月に会いに行ったとき、ずいぶん衰弱したことに気づいてはいたけれど、全く心の準備がないことだった。 父に苦しい思いはしてほしくなく、できれば自然な形で、というのが家族の大まかな望みではあるものの、どうすることがよいのか、どうやって決断したらいいのか、知識も準備もなく、、、。 普段離れているきょうだいたちの考えや思いは、バラバラだった。それぞれが父との葛藤を抱えていたこともある。 ここ

赦すということ

こんばんは。梨絵です。 ご無沙汰の方も、つい最近お会いした方も、お元気でお過ごしでしょうか。 先日、お誘いをいただいて、南直哉和尚のお話を聴いてきました。 「人を赦すことは簡単ではない。 それは、人を赦す自分を赦すことが、簡単ではないからだ。 人を赦すこと。 それは、自分に起きた一番悲惨な話を、笑って話せるようになることだ。」 もう二度と傷つきたくない、と傷つけられない距離でしか人とつきあえない。 魂とは生きる意味であり、価値。 それは人との関係性のなかで育まれる。 傷つくことも、赦すこともない希薄な関係性でしか生きていけなければ、魂を育むこと、生きる意味、生きる価値を育むこともできない。 これは自分自身にも思い当たること。。。深く心に残りました。 和尚は、終始、落語家のような噺っぷりで、会場の笑いをとりながら、仏教の言葉を使わずに、仏教のお話をされていたことに感服。。。 (それにしても、今年はどれだけお坊さんのお話を聞いているだろう。探求者の言葉は深い。。。) 前段が長くなってしまいましたが、1月~2月の企画のご案内を。 NVC(非暴力コミュニケーション) NVCセルフ・リーダーシップ講座 1月12日(土)、2月2日(土)、23日(土)12:30-15:30 ホリスティックスペース スリーリングス(新大阪) https://www.facebook.com/events/765259200494507/ 反射的な言動パターンから自由になり 心から喜べる選択、エネルギーを感じられる行動ができる、 自分自身のリーダーシップを取り戻すには・・・? アメリカ・オレゴン州にいる後藤ゆ

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